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すこし

入れすぎてしまったようです。

ここ最近、いわゆるお金を稼ぐ”お仕事”への尽力
100%という形で、土日も何かしら誰か新しい人
との出逢いに邁進してまいりました。現代アート

の人たちとの対話、論理でつくられた芸術とは
売れるとか売れないとか、目先のもので物差し
は引かない。どこで何を描くか、ではなくって

どう生きたいか。ダサいことは死んでもしたくない。

カッコいいな、と思いながら、媒体の使節として
ここに立ってる自分との、宇宙くらいの差を感じ、
途方に暮れてしまったけれど、愕然としてる暇が

あれば勉強しないと、メディア研究科、建築家
色んな界隈で”お金”と”作家性”とのせめぎ合いで
闘ってる人人と会う。それを繰り返しながら、
いい時間を過ごせたと想っています。この数日。
でも



すこし入れすぎた。疲れた。というか、アーティストや
建築家、キュレータと会話するわけだけど、みんな各々
作品 というものを生み出しているんだよね。ビジネス

として成立するものもあれば、そうでないものもあるの
かもしれないけど、でも、作品として独立していること
は確かで。そういう方々とお仕事をして付加価値を少し
でもあげて、質も売り上げもランクアップさせることが

私のお仕事なの。でしょうけど、私の作品なんかじゃない。
只の、組織の飼いならされた家畜の如く、動いてるだけで
資本主義の薫りを忌む、アーティストにとって気持ち悪い

存在で。いや、彼らがどう感じようかだなんて関係なくて
私自身が私を気持ち悪いって想ってしまう。
はぁ。 またでた。 病気が。(笑) 

けど、そう感じてしまうんだもの、仕方ない。そんな中、
悪しき(笑)ツイッターにて、好きな音楽家のことを呟いたら
そのひとがお気に入り、てしてくれた。もちろん、どんな
ベテランであったって自分のことを書いてくれてたらそれは
嬉しいこと。だけど、それは私にとっても本当に嬉しくって、

やっぱり、いつかその人に自分の作品を聞いてもらいたい
だなんて、恥ずかしげもなく想ってしまって、でもその妄想
より、曲が沢山作れました。つばささんと2人でスタジオin

して、脈絡なく思いつくままに2.3分のインストロメンタル。
でもどれも、聞き直しても自分でいうのもアレだけど修作じゃ
ないかしら。もっといい録音環境ならな。ビートメーカー達も

よくサウンドクラウドでアップしてるけど、これくらい軽い
ノリで、作り込みとかせずに全世界に公表しているとも思う。
それが現在の情報社会の特徴だし、浅はかな面と手軽で便利な

両面があるでしょ。利用しなければ損損。だって現にこうして
雲の上の上の三宅純さんと、ほんのすこーし接触できたじゃん。

だからなんていうか、色んな作り手とふれあっていく中で、
本を知ってもらうとか気に入ってもらうとか置いてもらうだとか
そこに、私自身の悦びはないとはいえないけど、瞬間で醒めて

しまうわけだ。そんでもって、新しい感情が芽生えるわけだ。
それは、嫉妬。おこがましいなぁ。けど生まれちゃうものは
仕方ない。お金になるとかならないとかそんなこと考える暇

あったら、作品をつくろう。
それは私にとって結局 音楽なわけだ。
kikimoranran.tada



 
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2015年02月16日(月) 15:59 by kikimoranran [ Edit ]

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